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一九七八年大阪市近郊の大団地で起こった花粉症の集団発生は、土地造成の際の土留めの目的で種を吹きつけて播いて、これが繁茂した結果であった。
また、一九八四年東京都府中市の多摩川に隣接する小・中学校に起こった花粉症の集団発生では、原因は多摩川河川敷に繁茂したホソムギ、カモガャなどのイネ科雑草の花粉であった。
いずれも地域の植物環境と花粉症のかかわり合いを示す事例として興味深い。
キク科のブタクサ属植物は北アメリカでは花粉症の元凶とされている。
現在数十種に及ぶブタクサ属のうち、日本に帰化したのはブタクサ、オオブダクサ、ブタクサモドキの三種であり、原因植ブタクサ花粉も要注意物として重要なのは前二者である。
ブタクサは明治のはじめにすでに侵入したが、とくに繁茂するようになったのは第二次大戦後で、米軍の駐留地を中心に広がった。
その後「マッカーサーの置きみやげ」などといわれたほどで、昭和三○年代から四○年代までは、本州の、とくに関東地方の花粉症を代表するものであった。
しかし近年、スギ花粉症が激増して逆にブタクサ花粉症は激減した。
このことはT医科歯科大学耳鼻咽喉科アレルギー外来のデータを見ても明らかで、アレルギー性鼻炎患者のアレルゲン皮層反応陽性率が、一九六八年にはブタクサ三三・二一%、スギ一○・一%であったものが、一九八二〜一九八五年にはブタクサ四・八%、スギ四四・七%と逆転し、いちじるしい変遷を見せている。
ブタクサ花粉症が減ったのは、一時期、各地方自治体でいわゆる草刈条例あるいは雑草条例を定めて、休閑地の雑草を刈って、生活環境からブタクサを駆逐したのも一因といえる。
ブタクサの開花期は長く、関東では八月上旬から二月上旬にも及ぶが、花粉飛散の最盛期は九月上旬である。
オオブタクサは別名クワモドキとも呼ばれ、第二次大戦後に侵入したといわれ、たぶん、輸入穀物や豆類に混じった種が捨てられ、これが市街地の裸地に生育していったものと考えられる。
いまでは各地の路傍、河川敷、川土手などに大群落をつくって繁茂している。
花粉の形態もブタクサと同じで区別できず、抗原性もほとんど同じである。
一時期話題になったセイタカアワダチソウもキク科の帰化植物であるが、最近は繁殖の勢いが減ってきている。
虫媒花であるため花粉の飛散数は少量であるが、ブタクサと共通抗原性があるので、ブタクサ花粉症の患者はこの花粉に近づかないほうがよい。
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